コンピュータ関係から下水処理場の維持管理へ

大学卒業後、地元を離れて大阪に本社がある大手コンピュータ関連会社へ就職し、しばらく独り暮らしの生活をしていました。その勤務先で現在の妻と知り合い結婚し、しばらく共働きの生活をしていましたが、妻が妊娠したことで私の両親が住んでいる実家がある田舎へ帰ろうと考えました。

子供ができたら私一人の収入では生活が苦しいですし、かといって託児所などに子供を預けて共働きをすることはしたくありませんでした。私たちの子供は誰かの手に任せるのではなく、しっかりと私たち自身で育て上げたいと望んでいたからです。そのためにはより収入の多い業種に転職することも一つの方法ではありますが、そのような仕事に就ける自信は全くありませんでしたし、それにはやはり田舎に戻るのが一番だと思いました。

妻も私も大阪以外の地方出身者であり、特に頼れる親戚もなく、また私は長男であることから、将来両親の老後の世話をしなければならないという意味からも、やはりここが帰省するタイミングだと考えたのです。田舎では生活費も安いため私だけの給料でも何とかやっていけますし、子育てに関しては私の両親にも協力してもらえると思いました。そのため有給休暇を利用して会社には内緒で何度も帰省し、ハローワークで転職活動をしていました。特に職種にこだわりはなく、コンピュータ関係以外の会社でもいいと考えていました。

仕事面で、前職と比べて大きな違い

前職はコンピュータのソフトウェアの設計や開発、それに運用などの業務に携わっていましたが、新しく変わった仕事は全く異なる業種で、下水処理場で水質管理を担当するというものでした。この会社や仕事内容を選んだ理由は、大学時代に工学部で応用化学を専攻していて、化学全般に関する知識があることや試験室で水質検査も経験しているからでした。下水処理場は前年に運用が開始されたばかりのとてもきれいな施設で、主な仕事場となる水質管理室も室内空間はもちろん器材などもとても行き届いていて非常に好感が持てました。

前職ではスーツ姿で電車や地下鉄に乗ってオフィスビルに通う毎日でしたが、転職後は汚れてもいい普段着を着てバイクで通うことになりました。また前職は残業や休日出勤がとても多かったのですが、転職先では終業時刻が毎日同じで残業がなく比較的早い時間に帰宅できたため、生まれたばかりの子供をお風呂に入れたりミルクの用意をするなど、子育てにも十分に参加することができました。

待遇などで異なっていたこと

面接ではあまり詳細に聞かなかったのが悪いのですが、思っていたよりも給料が少なかったです。ただし残業がなかったためでもありますから、そこは仕方がないと思いました。何より子育てが最優先の中での生活でしたから、最低限の収入はあったことで満足しています。

予想していたことと違ったこと、自身が勘違いしていたこと

この仕事は市役所の下水道課からの委託業務であり、毎年市内にある数社による競争入札が行われているということを入社してから知りました。この会社には約8年勤務していましたが、幸いに入札で他社に負けることは一度もありませんでしたが、後に聞いたところによると、一度だけ他社に奪われたことがあったそうです。このような不安定な要素があることを事前に知っていたら、この会社は選ばなかったと思います。

また仕事内容も水質検査だけではなく、施設の機械やポンプなど下水処理全体に関して広く知識と経験を積んでほしいとのことでした。確かにそれは必要なことだとは思いましたが、特に機械設備に関してはなかなか理解するのが難しかったです。さらに処理場から少し遠隔地にあるポンプ場の点検のために社用車で機材を積んで走る必要がありました。私は当時運転免許を持っていなかったため、早く取得するように指示されたのも想定外の出来事でした。